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静岡地方裁判所 昭和30年(行)10号 判決

原告 野田強治

被告 静岡県知事

補助参加人 佐藤勝彦

主文

本件請求は、これを棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、双方の申立

原告は、「被告が別紙目録記載の農地につき、昭和二八年一一月一〇日附でなした、農地法第三条の規定による所有権移転許可処分を取消す、訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、

被告は、本案前の抗弁として、「原告の訴を却下する。」旨の判決を求め、本案につき主文同旨の判決を求めた。

第二、双方の主張

(原告の請求の原因)

一、被告は別紙目録記載の農地につき、昭和二八年一一月一〇日附で、農地法第三条による所有権移転の許可をした。

二、しかしながら、右許可処分は次の理由によつて違法である。

(イ) 右許可処分は原告及び補助参加人連名の許可申請書に基きなされたものであるが、右許可申請書中譲渡人たる原告の記名押印は偽造盗捺によるものである。即ち、昭和二八年五月頃原告が国立三島病院入院中、中郷村農業委員会書記たる訴外中村克己が原告の留守宅に来て、原告の娘訴外野田操に対し「役場の書類に押すのだから実印を貸せ。」と欺き、同人から原告の実印を受け取り、原告に無断で右申請書に押捺したもので、かように偽造の許可申請書に基きなされた許可処分は違法である。

(ロ) 右許可処分は譲受人たる補助参加人が耕作農地を有しない買受無資格者であるにもかゝわらず、同人が自作地田三反二畝、畑一反を所有する旨の、訴外古沢一技が清水村農業委員会名義を冒用して作成した虚偽の所有証明書を信用してなされたものであるが、かように買受無資格者を、その資格ありと誤信してなした許可処分は違法である。

(ハ) 右許可処分の対象となつている農地は別紙目録記載の農地であるところ、原告が補助参加人に売渡した農地は、

(1) 三島市梅名字入海免七四四番の一、田八畝二一歩

(2) 同市梅名字上御明田五〇八番の三、田一反六畝五歩

の二筆であつて、当事者の売買した農地面積を超えてなされた許可処分は、超過部分のみならず、その全部が違法である。

三、以上のように、本件許可処分は違法であるから、その取消を求める。

(被告の本案前の抗弁)

本訴は出訴期間経過後に提起されたものである。

一、被告は本件農地の所有権移転につき、昭和二八年一一月一〇日附でこれを許可し、許可指令書を同月一六日各申請人に交付したから、原告は同日右許可処分のあつたことを知つたのにかゝわらず、同日から行政事件訴訟特例法第五条第一項所定の六箇月の出訴期間を徒過した後に訴を提起したもので、本訴は不適法である。

二、更に、本訴は右許可処分の日から、前同法第五条第三項所定の一年の出訴期間をも経過した後に提起されたもので、この点からしても本訴は不適法である。

(右抗弁に対する原告の主張)

本訴は出訴期間経過後の訴であるけれども、出訴期間内に提起できなかつたことにつき正当な事由がある。

一、被告は本件農地の所有権移転につき、昭和二八年一一月一〇日附でこれを許可し、許可指令書を同月一六日原告に交付したと主張するけれども、原告は右許可指令書を受領したことはなく、その他口頭による告知をも受けたことはないから、被告の右許可処分は原告に対して効力を生じていない。しかし原告は右許可指令書が同月一六日補助参加人に対し交付されたことを昭和三〇年五月九日に確知したので、利害関係人として補助参加人に対する許可処分の取消を求めるため、同年七月七日農地法第八五条により農林大臣に訴願した。右訴願は訴願法第八条第一項による訴願期間経過後の提起ではあるけれども、同条第三項により宥恕すべき事由ありとして受理されたものと思われる。右訴願に対しては提起後三箇月を経過してもなお裁決がないので、同年一一月七日本訴を提起したものであるから、行政事件訴訟特例法第五条第一項所定の出訴期間は遵守しているものである。

二、もつとも、被告の許可処分が補助参加人に対して効力を生じた昭和二八年一一月一六日から本訴提起まで、行政事件訴訟特例法第五条第三項所定の一年の出訴期間を経過していることは明らかであるが、かくまで原告の訴提起の遅れたのは、補助参加人が訴外中村克己と共謀して原告に無断で許可申請をなし、許可処分のあつたことを原告に秘していたことに基くもので、所定の期間内に訴を提起できなかつたことにつき正当な事由があるから、本訴は同法第五条第三項但書によつて適法である。

(原告の請求原因に対する被告及び補助参加人の答弁)

一、原告主張事実中、被告が別紙目録記載の農地につき、昭和二八年一一月一〇日附で、農地法第三条による所有権移転の許可をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、右許可処分は次の理由によつて適法である。

(イ) 本件許可処分の前提たる申請書が偽造のものであるとの主張について。

別紙目録記載農地の所有権移転の許可申請は原告の熱望によるもので、その許可申請書を作成した昭和二八年八月当時原告は入院中ではなく、右許可申請書中原告の記名押印は原告自ら承認の上、原告の自宅においてなされたものである。したがつて、適法に作成された許可申請書に基きなされた本件許可処分は、何らの瑕疵がなく適法である。

(ロ) 補助参加人が農地買受無資格者であるとの主張について。

補助参加人が別紙目録記載の農地を原告から買受けた昭和二五年九月当時の補助参加人の耕作面積は、

所在

地目

面積

自小作の別

(1)

駿東郡泉村稲刈九尺七一

五畝二一歩外畦三歩

自作地

(2)

同右

八畝一五歩

(3)

三島市山田岩洞一七一

五畝歩

小作地

(4)

駿東郡清水村伏見境川八二〇

三畝四歩

自作地

(5)

同郡愛鷹山大字東野中峯頭

五畝歩(二反五畝歩の一部)

小作地

(6)

同郡長泉村本宿堤通り一六一

六畝歩(一反一畝歩の一部)

(7)

同郡同村東野八分平四三五の四三

二畝一七歩

以上田合計一反四畝六歩

畑合計二反一畝二一歩

田畑総合計三反五畝二七歩

であつた。しかし補助参加人は原告から別紙目録記載の農地二筆合計田二反六畝四歩を買受け、右農地を同年一二月から耕作したので、前記(1)(2)(5)(6)の農地は昭和二六年夏作をもつて離作したが、この離作地の面積は合計二反五畝六歩にすぎない。したがつて本件許可処分当時、補助参加人の耕作面積は、原告から買受けた前記農地を含めて合計三反六畝二五歩に達していたのである。

また、補助参加人が農業に精進する見込のあることは、最近において駿東郡長泉村に畑二筆合計一反九畝一〇歩を静岡県知事の許可を得て取得しており、長男善彦の協力を得て農業経営を充実しようと企図していることからも明らかである。

したがつて、本件許可処分は、農地法第三条第二項第五号、同法施行令第一条第二項第一号所定の許可の基準に該当する場合であつて右許可処分には何らの瑕疵はないものとしなければならない。

もつとも、本件許可申請に際し、清水村農業委員会の発した証明書は、補助参加人が実際耕作していた前記農地の面積と多少相違していたことが明らかであるけれども、このような場合は農地法の精神に則り許可を取消すべき原因とはならないものというべきである。

(ハ) 本件許可処分の対象となつた農地が当事者の売買した農地の面積を超えるとの主張について。

当事者間において売買された農地は、本件許可処分の対象となつた農地そのものであるから、本件許可処分は何らの瑕疵がなく適法である。

三、以上のように、本件許可処分は適法であるから、その取消を求める原告の請求は理由がない。

第三、証拠〈省略〉

理由

(本案前の抗弁についての判断)

本訴は出訴期間経過後における不適法な訴であるとする被告の本案前の抗弁について判断する。

一、被告は、本件農地の所有権移転につき昭和二八年一一月一〇日附でこれを許可し、許可指令書を同月一六日各申請人に交付したから、原告は同日許可処分のあつたことを知つたのにかゝわらず、同日から行政事件訴訟特例法第五条第一項所定の六箇月の出訴期間を徒過した後に訴を提起したもので、本訴は不適法であると主張するけれども、被告が右許可指令書を原告に交付した事実については、一切の証拠を検討してもこれを認めることはできないのみならず、かえつて証人中村克己(第一回)、佐藤勝彦の証言によれば、右許可指令書二通は訴外中村克己を経て同年一一月一六日に共同申請人の一人たる補助参加人に交付され、現在においても補助参加人の手中に存し、他の共同申請人たる原告には交付されなかつた事実が認められるから、本件許可処分の指令書が原告に交付されたことを前提とする被告の主張は理由がない。たゞ、そうであれば、本件許可指令書が原告に交付される以前において、右指令書交付によつて存在するに至るべき許可処分の取消を求める原告の本件訴は、一見それ自体不適法のようにみえるけれども、しかしながら原告が本訴によつて取消を求める許可処分については、先に認定したとおり既にその許可指令書が共同申請人の一人たる補助参加人に交付され、しかも原告本人尋問の結果によれば、他の共同申請人たる原告においても昭和三〇年五月九日右許可指令書が補助参加人に交付されたことを確知していることが認められるから、右許可処分は行政争訟の対象たる行政処分としては既に存在しているものとみるべきで、本訴はこの意味においてはもとより適法なるものというべきである。而して甲第五号証によれば、原告が右処分に対し、昭和三〇年七月七日適法に訴願の提起をしたことが認められ、右訴願に対し提起の日から三箇月を経過した現在なお裁決のないことは弁論の全趣旨によつて明らかであるから、結局本訴は行政事件訴訟特例法第五条第一項所定の出訴期間を遵守し、適法なるものといわなければならない。

二、更に、被告は本訴は許可処分の日から前同法第五条第三項所定の一年の出訴期間を経過した後に提起されたもので不適法であると主張するけれども、被告のこの主張は前記許可指令書が昭和二八年一一月一六日原告に交付された事実を前提とする主張であるところ、右事実の認められないこと先に説示したとおりであるから、この点に関する被告の主張も理由がない。(むしろ、先に認定したとおり、被告の許可処分は未だ適法に原告に告知されていないのであるから、出訴期間も進行するに由なく、現在なお出訴期間内にあるものとみて差支えないであろう。)

(本案についての判断)

一、被告が別紙目録の農地につき、昭和二八年一一月一〇日附で、農地法第三条により所有権移転の許可をしたことは当事者間に争がない。

二、原告は右許可処分は違法であると主張しその取消を求めるので、以下原告が違法とする理由について順次検討する。

(イ)  本件許可処分の前提たる申請書が偽造のものであるとの主張について。

農地法第三条による農地の所有権移転の許可処分は移転の当事者双方の合意を前提とし、同法施行規則第一一条によつて右許可の申請は当事者が連名ですべきものと規定されている。したがつて右の合意を欠き、当事者一方のみの申請によつてなされた許可処分は、その許可処分の内容に相応する申請がないものに対する許可処分として、当然無効たるを免れない。而して、原告の主張によれば、本件許可処分は譲渡人たる原告に無断でその記名印章を偽造盗捺して作成された許可申請書に基きなされた処分であるからその取消を求めるというもので、結局行政処分の無効を理由としてその取消を求めることに帰着するけれども、一般に行政処分が無効である場合においても、少くともそれが外形上行政処分として存在する以上、抗告訴訟としての要件を具備するかぎり、抗告訴訟の形式により、当該行政処分の無効宣言の意味における取消を求めることは許されるものと解するので、すゝんで原告の主張事実の存否について検討することとする。

そこで、原告と補助参加人間において昭和二五年九月二一日別紙目録記載の農地につき(その面積については多少の争があるが、この点については後に(ハ)の項において判断する)、静岡県知事の許可を得ることを条件として原告を売主補助参加人を買主とする売買契約が成立したことは当事者間に争がない。原告は昭和二六年一〇月八日頃右契約を解除しその旨補助参加人に通知した旨主張するが、右主張事実に副う証人足川貞(第一、二回)、野田直美の各証言及び原告本人尋問の結果は、証人中村克己(第一、二回)、土屋忠市、佐藤勝彦の各証言と対比して信を措くことができないし、その他右契約解除の事実を認めるべき証拠はない。したがつて昭和二五年九月二一日原告と補助参加人間に成立した前記契約は、本件許可処分申請当時においても、有効に存続していたものと認めるのが相当である。

更に、成立に争がない甲第三三号証及び印影については争がなくその余の部分については証人中村克己(第一回)の証言により真正に成立したものと認める乙第一号証の二に、証人中村克己(第一、二回)、土屋忠市、佐藤勝彦の各証言を綜合すると、原告と補助参加人間の前記契約に基き、右両名より所有権移転許可申請の手続を依頼された中郷村農業委員会書記中村克己において、昭和二八年八月頃農地法第三条による農地の所有権移転の許可申請書を作成し、右申請書を持参して共同申請人の一人たる原告方に赴き、当時自宅で病床にあつた原告に捺印を求め、原告が自らその名下に自己の印章を押捺し、右のようにして作成された許可申請書が昭和二八年九月四日開催された中郷村農業委員会に提案された上可決となり、静岡県知事宛進達された事実を認定するに足り、右認定に牴触する証拠はこれを措信することができない。

してみると、本件許可処分の前提たる当事者双方の合意は有効に存在し、当事者連名の許可申請書は適法に作成され、よつて被告に進達されたものであるから、右許可申請に対してなされた被告の本件許可処分は何らの瑕疵はないものというべく、原告のこの点に関する主張は理由がない。

(ロ)  補助参加人が農地買受無資格者であるとの主張について。

農地法第三条第二項第五号、同法施行令第一条第二項第一号の規定によれば、農地の所有権移転許可処分の条件としては、所有権を取得しようとする者の、現に耕作の事業に供している農地の面積の合計が三反歩以上である場合なることを要するけれども、その所有権を取得しようとする者が農業に精進する見込がある場合においては、新たに取得すべき農地を合してその面積が合計三反歩以上に達するならば所有権移転の許可処分をなし得ることが明らかである。

そこで、成立に争がない乙第三号証の一ないし四、及び証人佐藤善彦、佐藤勝彦の各証言を綜合すれば、補助参加人は昭和三二年五月一日附静岡県知事の許可を得て、駿東郡長泉村東野八分平三三五番の一〇、一一所在畑二筆合計一反九畝一〇歩の所有権を取得しており、また本件許可処分申請当時より長男善彦の協力を得て農業経営を充実しようと努力していることが認められるので、補助参加人は農業に精進する見込があるものと認定するに充分であり(もつとも、補助参加人の新たな右農地の取得は本件許可処分後のものであるけれども、補助参加人が現在において農業経営に対し熱意を有する事実をもつて、同人が本件許可処分当時においても農業経営を充実しようと努力していた事実を推定することは当然許される。)、また印影につき争がないので全部が真正に成立したものと推定する丙第四号証、第六号証、証人渡辺政雄の証言により真正に成立したものと認める丙第七号証並びに証人渡辺政雄の証言を綜合すれば、補助参加人は本件許可処分当時において、

(1) 三島市山田岩洞一七一番 畑五畝歩

(2) 駿東郡清水村伏見境川八二〇番 畑三畝四歩

(3) 同郡長泉村東野八分平四三五番の四三 畑二畝一七歩

の合計畑一反二一歩を耕作していたことが認められ、以上の認定事実に牴触する証拠はすべてこれを措信せず、その他右認定を覆すに足る証拠はない。

したがつて、補助参加人が農業に精進する見込があることは右認定のとおりで、且つ本件農地の所有権取得の結果その耕作する農地面積が合計三反歩以上に達することは計数上明らかであるから、本件許可処分は前記農地法第三条、同法施行令第一条所定の許可の条件を充足し、何らの瑕疵がないものといわなければならない。

もつとも、本件許可処分の申請に際し、清水村農業委員会が発した補助参加人が自作地田三反二畝畑一反を所有する旨の証明書は、補助参加人が実際耕作する農地面積と相違していたことは当事者間に争が存しないところではあるが、しかしながら行政庁に対し特定の許可処分を求める旨の申請がなされた場合においては、行政庁は申請人の提出する許可申請書記載の事実が真実に合致するか否かを取調べるに止まらず、更に必要と認める事項を自ら調査の上、その許可申請の内容が法令に規定する許可の基準に該当するか否かを判断し、公益的立場にたつて右許可申請に対する許否の処分を決定する権限と職責を有するものであるから、本件において、被告が前記許可申請の内容を法令に規定する許可の基準に該当するものと判断して許可処分に及んだ以上、右許可申請書またはその証明書類の記載事実のうち、真実に合致しない部分があつたとしても、本件許可処分の効力には何らの影響はないものとしなければならない。

(ハ)  本件許可処分の対象となつた農地が、当事者間で売買した農地の面積を超えるとの主張について。

証人佐藤勝彦の証言によつて真正に成立したものと認める甲第一三号証、成立に争がない甲第一八号証、第一九号証、及び証人足川貞(第二回)の証言並に原告本人尋問の結果を綜合すれば、原告及び補助参加人間に成立した売買契約の目的物たる農地は原告の主張するように、

(1) 三島市梅名字入海免七四四番の一 田八畝二一歩

(2) 同市梅名字上御明田五〇八番の三 田一反六畝五歩

の二筆であることが認められ、証人佐藤勝彦の証言は右認定を妨げるものではなく、その他右認定を覆すに足る証拠はない。

而して、成立に争がない甲第二四号証によれば、原告及び補助参加人共同申請にかゝる農地法第三条による許可申請書には、許可を受けようとする農地の表示について、別紙目録記載の農地が記載されていることが認められ、したがつて原告と補助参加人間の所有権移転につき成立した合意の内容と、右合意に基く所有権移転の許可申請の内容との間に、(1)の農地につき六歩、(2)の農地につき一畝二歩の相違があることが明らかであるから、本件申請には右の限度で錯誤が存するものというべきである。

しかしながら、右の程度の錯誤は公法上の行為たる本件許可申請を無効ならしめるものとはいゝがたく、まして右許可申請に基く本件許可処分には何らの影響がないものというべきであるから、この点に関する原告の主張も理由がない。

三、以上の次第で、別紙目録記載の農地につき被告が昭和二八年一一月一〇日附でなした農地法第三条の規定による所有権移転の許可処分は違法とはいえないから、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 戸塚敬造 船田三雄 井田友吉)

(別紙省略)

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